05
1
2
3
4
5
6
7
8
9
11
12
13
14
15
16
17
18
19
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
   

翔ぶが如く 六

翔ぶが如く 六 「司馬遼太郎」

台湾撤兵以後、全国的に慢性化している士族の反乱気分を、政府は抑えかねていた。鹿児島の私学校の潰滅を狙う政府は、その戦略として前原一誠を頭目とする長州人集団を潰そうとする。川路利良が放つ密偵は萩において前原を牽制した。しかし、士族の蜂起は熊本の方が早かった。明治九年、神風連ノ乱である。(データベースより)
スポンサーサイト

翔ぶが如く 五

翔ぶが如く 五 「司馬遼太郎」

征台の気運が高まる明治七年、大久保利通は政府内の反対を押し切り清国へ渡る。実権を握る李鴻章を故意に無視して北京へ入った大久保は、五十日に及ぶ滞在の末、ついに平和的解決の糸口をつかむ。一方西郷従道率いる三千人の征台部隊は清との戦闘開始を待ち望んでいた。大久保の処置は兵士達の失望と不満を生む。(データベースより)

翔ぶが如く 四

翔ぶが如く 四 「司馬遼太郎」

西郷に続いて官を辞した、もとの司法卿・江藤新平が、明治七年、突如佐賀で叛旗をひるがえした。この乱に素早く対処した大久保は首謀者の江藤を梟首に処すという実に苛酷な措置で決着をつける。これは、政府に背をむけて、隠然たる勢力を養い、独立国の様相を呈し始めている薩摩への、警告、あるいは挑戦であったであろうか。(データベース)

翔ぶが如く 三

翔ぶが如く 三「司馬遼太郎」

西郷と大久保の議論は、感情に馳せてややもすれば道理の外に出で、一座、呆然として喙を容るるに由なき光景であった―。明治六年十月の廟議は、征韓論をめぐって激しく火花を散らした。そして…西郷は敗れた。故国へ帰る彼を慕い、薩摩系の士官達は陸続として東京を去ってゆく―内戦への不安は、現実となった。 (データベース)

翔ぶが如く 二

翔ぶが如く 二 「司馬遼太郎」

西郷隆盛と大久保利通―ともに薩摩に生をうけ、維新の立役者となり、そして今や新政府の領袖である二人は、年来の友誼を捨て、征韓論をめぐり、鋭く対立した。西郷=征韓論派、大久保=反征韓論派の激突は、政府を崩壊させ、日本中を大混乱におとしいれた。事態の収拾を誤ることがあれば、この国は一気に滅ぶであろう…。(データベース)

FC2カウンター

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

プロフィール

chii

  • Author:chii
  • 北海道で農業をしている主婦♪

最近のコメント

リンクのみなさんの更新状況

カテゴリ集

ブログ内検索